転校してきたばっかりだからだろうか。
よく見ると、そんなに友達が居そうにも見えなかった。
あんなに明るい性格なのに、やっぱりまだ緊張したりしているのだろうか…。

俺の、嘘の友達グループまで来るのにだって、物凄く勇気の居る事だったのかもしれない。

そう考えると、物凄く弘人くんが凄い人に見えて、
俺もあんな風になれたら…なんて、考えて見たりした。

だけど、俺の場合はどんなに努力をしても、誰にも何も通じないしな…、
と思うと無性に悲しくなったので、それ以上考えることを止めた。

俺だって努力はしたことあるんだ。
だけどみんなの俺への評価も対応も何も変わらなかった。



俺は、…友達を諦めるしか無かった。

だけど、その日から度々弘人くんは俺の席までくるようになった。
他の友達メンバーも尋ねては来たが、こんなに親身に話してくれたりはしない。

いつも、テストの話しだとか、親の会社の話し、自分の買い与えて貰ったものの自慢など、
くだらない事ばかり。…みんな、そんな奴らばっかりだったので、
トクベツに修学旅行を楽しみにしている雰囲気も無かった。

うちの学校は、俗に言う、「お坊ちゃま・お嬢様学校」で、大体の人が金持ちだった。
エスカレーター式の私立校なので、殆どの人が小学校から今までずっと一緒で、
この先大学までずっと一緒。勿論、お金持ちにもピンからキリまで居るので、その差は激しいのだが。

そんなわけで、修学旅行も同じ場所に何度も行っている人や、
そんな場所よりもっともっと良いところに何度も旅行に行ってる人が大多数なせいで、
もうあと3日に迫った修学旅行に気分をウキウキさせている人のが少数だ。

そんな少数派の人の中に弘人くんは居る。

「…でさ、旅行の自由行動でここに行こうと思うんだよね。」
「へ、へぇ…何のお店…?」
「えとね、お土産やサン。美味しいヤツとかあるみたいだから一緒に食おうな!」
「…う、うん。」



俺の机の上で、旅行先の地図を広げながらにっこりと笑う弘人くん。
気付いたら、俺自身も自然と笑みを零していた。

弘人くんと話していると心が和む。
あんなに嫌だった修学旅行が少しだけ、
ほんの少しだけだけど、楽しみに思えてきたから不思議だ。



こんな感覚は初めてだった。



もしかしたら、弘人くんとなら友達になれるかもしれない。
そう思うと少しだけ嬉しくて、どきどきして、ほんわりと心が暖かくなる。

「……って、何?」
「え…、あ…何?」

気付けば、不思議な感覚に浸ってしまい、ぼんやりとしていたせいか、
弘人くんの話しを半分聞き逃してしまった。折角話しかけてくれて居たのに…、失敗した。

そう思うと、弘人くんの気分を害して無いか不安になり、ちらりと相手の表情を見る。

「だーかーら、天笠くんの下の名前。なんていうの?」
「…えぇっ…!?」


思いも寄らぬ質問に、吃驚してしまい素っ頓狂な声を上げてしまう。
俺が、そんな声を出すと思っても見なかったのか、
逆に弘人くんも驚いて、そのままケタケタと笑い始めた。


「…っんと、面白いな天笠くんは。」
「そんな…笑わなくてもいいじゃんよ…。」

笑いを堪えるようにお腹を押さえながら、
ひーひー言う弘人くんに少しだけ恥ずかしくなって、ほっぺたまで熱くなるのを感じた。



「…はは、…ごめんごめん。…で、名前なんて言うの?」
「……鷹逸郎だけど。」
「…天笠、…よういちろう?」



俺は自分の下の名前が、あんまり好きじゃないのでちょっとだけ小さめの声で言った。
それを反復するかのように、弘人くんが問うので、小さく頷いた。

「すっげ!カッコイイ名前だな。」

また笑う弘人くん。

人の笑顔って、こんなにも自然に生み出されて、自然に人を幸せにするんだ…、
と思うと吃驚するくらい心が満たされた。その上、彼は自分の嫌いな部分を、褒めてくれた。

嬉しくて、嬉しくて、俺は小さく「…あり、がと。」と返すので精一杯だった。