少し蒸し暑い昼下がり。
深夜を回ってからか、朝帰りな自分はこのくらいに起きることの方が多い。
朝帰り…、と言っても自分で遊んでるから朝帰りなだけなのだが。

目覚めは最低、昔の恋人に裏切られる夢を見た。
本当に最悪だ…。

ぼさぼさになった髪を軽く手櫛で梳かし、洗面台へと向かう。

鏡に映る自分。
昨日サユキさんに付けられた痕がくっきりと残っている。

「…どうしろっての…。」

小さく呟き、溜息を漏らす。
位置的には、スーツをきちんと着れば隠れる場所だ。

ハメを外して着崩さないようにする事、
人前で服を脱がない事、

両方を守れば、多分凌から怒られることも無いだろう。

歯を磨きながら、いろんなことをぼんやりと考えていた。


これからの事、いままでの事、自分の事。


俺そんなに…、


否、考えるのはよして置こう。
他人様から見れば単細胞かもしれないし、
悩み事も無さそうに見えるのかもしれないけれど。


見える事と、中身は違うのだから
誰にどう思われたって、俺は悩むし、傷付くし、
…人並みにそういう感情は持ち合わせているのだから。

誰かが楽しんでる時も、苦しんでる時も
その逆を持っていたり、抱えていたりする事も知っているのだから。

俺が機嫌良さそうに見えても、
本当は、落ち込んでいる事に気づいてくれなくても、
それもまた仕方が無いこと。

言わなきゃ伝わらない、でも言ってまで気づいて欲しい相手なワケではない。

客と、俺との間柄なんてそんなもんだろ…?

昨日の客の言葉が頭の中でぐるぐると反復していた。



昨日からの疲れがまだ抜けない。
若干だるい体に鞭打って、スーツに着替えるがどうにも、体が重い。


トントン、と部屋をノックする音と共に聞こえてくる聖弥の声。
「よーみー。時間ー。」

ガチャリ、とドアを開けて部屋に入ってくる聖弥と、
目が合いおはよう、なんて言葉を交わす。

「夜深、時間ないよ。」
まだ、行けないの?と小首を傾げてくる聖弥は、本当に可愛い。

これで今、恋人が居ないって言うんだから、
世の中の女も男もおかしいんじゃないかと思う。
それとも、言い寄られては居るが聖弥が気に入らないのだろうか。

その辺は深く聞かない。


「…ごめん、今日も先に行っててくれる?ちょっと行けるか怪しい…。」
「何?どっか具合でも悪いの?大丈夫…?」

額にぴとっと手を当てられる。ひんやりとした感触が心地よい。


「…んー…、そんな熱があるわけでもないみたいだけど。」
微熱かな?と小首を傾げられれば、さぁ?と自分も小首をかしげてみせる。

「そんなダルいなら、俺、仕事休んで看病しようか?」
「ああ、いや…大丈夫。そこまで迷惑かけらんないよ。」

「そう…?…じゃあ、何か合ったらまたいつでもメールしてきてよ?」
「わかった。…いつもありがとな。」

「おうよ!」

じゃあ、行ってくるね。と小さく残して聖弥は部屋を出て行った。


このままどうしようか、仕事に行くにしろ行かないにしろ、
遅刻の電話ぐらい入れておくべきだろう。

ずるり、と重たい腕を伸ばしてテーブルの上にある携帯を取った。
アドレス帳から凌の番号を探して電話をする。

暫くの着信音の後に、凌の低音が聞こえた。
「はい、もしもし。」
「凌…?俺だけど。」

「鷹逸郎様……、どうしました?今日もお休みなさいますか?」

少し心配そうな声色で問われるが、お休みするの?なんて
上司に聞かれるのはどうなんだろうか。
凌もどこかで、もう諦めてるのかもしれない。

「ごめん…、言い訳みたいだけど今日はまぢで具合悪い…。
少し良くなったら行くから。」
「……、…大丈夫なんですか?あまり無理をなさらなくても…。」

「でも、これ以上迷惑をかけるわけには…」
「そう思うなら、普段元気な時に抜け出したりしないようにしてください。」
「………。」

ぴしっと言われれば、返す答えも出ない。
そのまま、今日は休んで良いですから…、と優しい声色で付け加えられる。

小さく、「ごめん…。」と言うしかなかった。


「あまり、ご無理をされないようにして下さいね。
 必要ならばいつでも呼んで下さい、直ぐに行きますから。」
「…大丈夫、ありがとう。」


プツ…、と電話を切る。


昨日、あんな事を言ったというのに、どうして此処まで…。

凌から振ったんじゃないか、俺の事…。





もう、さっぱりわからなかった。