雨が、降っている。
だけど、今日は久しぶりに天笠さんの家に遊びに行く日だから、
少しだけおめかしをして、お気に入りの傘を持って出かけた。


こんな雨の日は、昔買ってもらった黄色い傘を思い出す。
始めて、ようちゃんに会った時にさして行った傘だ。


あの頃はまだ小さかったから、ようちゃんが生まれた事も
よく判らないまま、ただただ憧れの絹花さんに
会えるのが嬉しくて遊びに行ってたっけ。


そうしたら、絹花さんが大事そうにようちゃんを抱き締めていたんだ。


大げさかもしれないけど、僕にはそれが聖母様のように見えたんだっけ。
…なんか恥ずかしいから、誰にも言ったこと無いけど。


絹花さんは、本当に綺麗で。
生意気かもしれないけど、多分…僕の初恋だ。
でも、絹花さんには浩二朗さんが居たから。
別にだからどうこう、ってわけではないけど。


初恋と同時に、こんな風な二人になれたらなって思うくらい、
幸せに満ち足りていて…。


そこにようちゃんも加わって、二人は幸せがあふれ出すんじゃないかってくらい
嬉しそうで、楽しそうに笑ってたんだ。



ようちゃんは多分、絹花さん似だ。
赤ちゃんの頃から知ってるけど、その頃からとても綺麗な黒髪だったのが
印象的だ。くりっとした、可愛い顔をしてて最初は女の子かと思ったくらい。


小さな手を僕に必死に伸ばして、きゅっと僕の指を掴むんだ。
力強く、精一杯に今を生きているよって、言わんばかりに。



とても、可愛くて。
素直に愛おしいと思った。



幸せな家庭で、幸せな二人に育てられて、
優しく元気な子になるんだろうな。
とても微笑ましい光景が目に浮かぶ。


自然と笑みがこぼれてしまった。



最近は、色々と忙しくて、中々ようちゃんに会うことが出来ないでいた。
昔は僕に懐いてくれていたけど、忘れられたりしてないかな?
…少しだけ不安。



僕の家は、結構淡白なほうで、親も共働き。
家に帰っても殆どが、一人で夕飯を食べたりとか、
本を読んだり、勉強をしたり。


多分、同じくらいの年齢の子よりも
親と一緒に過ごす時間が少ないんじゃないかと思う。


そういうのは、やっぱり少し寂しくて、
泣くのは無意味だと解っていても、溢れてくるものはあった。


最近は、諦めもついたのかそんな家族を少しだけ冷めた目で
見る事で、特に不自由もなく、「こんなもんか」と思って過ごしている。


我ながら、冷めた子供。
将来、自分の子供がこんなだったらぞっとする。


自分の子供には、こんな思いは絶対させたくない。
ようちゃんの家のような暖かさで、ようちゃんみたいな
元気で優しい子に育ってくれればいいなと思う。



色々な思いもあってか、僕は、本当にようちゃんの家、
…天笠家に遊びに行くのが好きだった。


自分の家には無い、暖かさがそこにはあるから。







天笠家は、僕の家からは少しだけ遠い。
慣れない電車に乗って、2駅くらいで降りる。


歩いたり自転車で行ける距離には無いから、やっぱり少しだけ遠い、
と言うのが妥当な言い方なんじゃないだろうか。




電車に乗りながら、天笠家での記憶を辿る。


最後に行ったのは、もう1年も前の事になるだろうか。



去年のようちゃんの誕生日の日だ。
何を隠そう、今日も誕生日絡みで来ているのだけど。
今年の誕生日は、当日にも呼ばれて居たのだが、
学校でのテストがあって当日には行けそうにもなかった。


だから、今日は少し早いけど誕生日プレゼントを持って
天笠家へと向かっているわけなのだが。



去年のようちゃんの誕生日を思い出す。
沢山のケーキに、沢山の人、プレゼント。
様々なものに囲まれて、嬉しそうに笑うようちゃん。


その幸せそうな笑顔に、周りの大人までもが心を和ませていくのがわかった。


ケーキに刺さった、4本のロウソクをふぅーっと吹き消しただけで拍手喝采。



その後は、ニコニコしながらチョコレートケーキを頬張っていたっけ。



ようちゃんと一緒に居ると、優しい時間が流れる。
それは人を幸せにする力があって、胸が幸せでいっぱいになるんだ。



僕には無いものを沢山持っていて、少しだけ羨ましくも思った。