ぼんやりと見上げる天井は白く、沁み一つ無い。
それも、そうだろう。新しく出来た家なのだから。

例え古くなっても、この家の管理はそういう小さなことも怠らないだろうから、
この家の天井に沁みが出来る日は訪れないのかもしれない。

そんな事を足りない頭で考えながら、早数時間。
今日と言う一日も、またぼんやりと過ごしてしまった気がする。

隣の部屋から、聖弥が出て行く音が聞こえた。
俺は一番端の部屋だから、「そういう物音」の聞こえてくるのは
聖弥のモノだけ…だと思う。

もし聞こえてたとしても、二つ隣のヒロくんのモノぐらいだろう。
ただ、学生さんは朝が早い。俺は、朝は寝ている事のが多いから、
その辺の物音を聞くことは無いわけで、結局、その辺の事はわからず終いだ。


…、聖弥の活動し始める音が聞こえる、と言うことは
きっと、そろそろ出勤の時間なのだろう。

今日は、少し調子が悪いと言ってあるから
いつも呼びに来る聖弥も、今日は呼びに来ないで居る。

電話をするか、否か。


凌と電話で話すのが嫌なわけではないのだが、
やはり仕事を休むということを告げるのは、少し心が痛む。

こんな俺でも、多分あの店に取っては重要な存在なのだろう。

俺が休んだり、サボったりする事で
どれだけ店に迷惑をかけているのか…。

いつも、そんな俺の尻拭いをしてくれるのは凌だし、
聖弥も、とばっちりを受けたりしてるのだろうから。


そんな事を考えているだけで、胃がキリキリしてくる。
弱い自分に反吐が出そうだ。


再び、ぼんやりと天井を見上げる。
真っ白な天井に嫌気が差してきた。

此処での生活は楽しいけれど、
CrossRoseに居た時よりも広い部屋、
豪華な食事…思い出すのは実家の事ばかり。

どことなく、自分の父親と似たセンスに、
金持ちの親父はどこでも一緒か…、とポツリと悪態を吐くが、
誰に伝わるでもなく、自分の声が部屋に響いて、
より一層、孤独感が強まる。


「……はぁ…。」

のっそり、とソファから起き上がる。
少し頭が重い。

先日、風呂上りに調子こいたせいだろうか…。
少し風邪気味かもしれないな、等と思いながらも、
まだダンボール箱だらけの床を歩き、
クローゼットから、一着スーツを取り出す。

するすると、手馴れた手つきで着替えながらも、
暗い気持ちは晴れないままで、また小さく溜息を吐いた。


鏡に写る自分。

そんな自分も大嫌いだ。
こんな顔もいらなかったし、こんな境遇もいらなかったのに…。

ずっと信じることの出来なかった他人と、自分。

だけど、どこかで信じたくて、信じてもらいたくて、
それでいて、愛されたかった。

自分の事も愛せないのに。


自分の事を愛せない自分を、他人に愛して欲しいなんて
都合の良いことは無理だ、と幼少の頃散々学んだ筈なのに。

それでも、生きないことは怖くて選べなかった。
そして、悔しかった。


どこに進んでいいかもわからなかった…。


結局、わからないまま何年も何年も過ぎていき
気づけば21。


成人式も済み、今此処にいる自分は、またぐるぐる考えているのか…。


首を横に振る。

それでも生きてきたんだ。


俺が、俺で無くなればいいと思い続けてきた俺を、

俺だから、

「天笠鷹逸郎」だから好きだ、

と言ってくれる人が居たんだから。


だから、俺は生きているのだから。


仕事に行こう。
今日はしっかりとしなくては…。

少し難しいかもしれない、正直凹んでる。元気もでない。



それでも。


聖弥が待ってるから、俺はあの店に行かなきゃ。


「…いってきます。」


誰も居ない、自分の部屋に小さく告げる。
軽く髪を手で梳かしながら、夜の街へと消えていった。